森林作業の安全③ 職業意識  – 誇りと冷静さ

森林作業士という職業は、幅広い知識と素早くフレキシブルな判断力、高度の体力と精神力を必要とし、危険で要求度の高い仕事です。しかし、ドイツでも、他の多くの国と同様に、長い間、社会的地位の低い「3K」の仕事でした。70年代に、システマティックで実践的な職業教育の制度が森林作業の分野にも導入され、自動車整備工や大工、パン職人などと同様に、国家資格がある「確固たる手工業職」になりましたが、その後も地味な職業というイメージは根強く残っていました。

しかし90年代終わりくらいから徐々に、社会的な認識が変わっていき、人気のある魅力的な職業になっていきました。それには、下記に挙げるいくつかの理由があります。

「働く人」を表に出したイメージアップ戦略

理由の一つは、森林作業の職業教育機関や団体が、イメージアップのための積極的な広報活動、社会に対するアピールを行ってきたことです。「自然の中で頭脳と体力を使う高度で責任ある魅力的な仕事」であると。森林行政の90年代始めの広報パンフレットと2000年以降のパンフレットには大きな違いがあります。前者は、「美しい自然」の写真がメインでしたが、後者では、「働く人」が表に出ています。

自然志向の若者の増加

90年代半ばから自然環境保護運動が盛んになったことも、森林作業への関心の高まりを促しています。森林作業士の職業訓練生に、なぜこの職業を選んだのか、と質問すると、「自然が好きだから」「自然の中で体を動かして働きたいから」「自然に合わせて変化がある仕事だから」という答えが返ってきます。

コーポレートアイデンティティ

そしてもう一つ、外的な要素ですが、「森林防護服」が、機能的で快適でカッコいいものになったことも、この職業の人気向上に大きく寄与しています。ユニホームは、「コーポレート・アイデンティティ」や「職業人の誇り」の形成にとって重要な要素です。

応募多数の人気の職業

ドイツでは、森林作業士という職業は、他の手工業職に比べて給料は高くはないですが、現在、定員に対して応募者が多い状況が続いています。後継者不足、人手不足の問題はありません。意識と能力の高い若者が、しっかりとした職業訓練を受けて、この職業に就いています。

ドイツの職業訓練は、2年から3年間、事業体での訓練が7割、学校が3割と、実践的な教育が、現場のマイスターがメイン講師となって行われますが、始めるには、まず訓練先の事業体と職業訓練契約を結ばなければなりません。人気がある事業体、たとえば、6000ヘクタールの市有林で、非常に模範的な混交恒続林施業を行うフライブルク市有林森林事業体には、年に2〜3人の訓練生枠に、10倍から20倍の応募があります。

ディスコで女の子に胸を張って言える職業

2010年、バーテン•ヴュルテンベルク州の森林教育訓練センターの当時校長だったエッメリッヒ氏は、日本人の視察団の前で、次のように話しました。

「森林作業士になるための職業訓練を受けている若者が、週末ディスコに行って、女の子と出会い、「何の職業を学んでいるの」と相手に聞かれたとき、「自分は森林作業士の職業訓練をやっている」と誇りをもって言えるようにならなければなりません。幸運なことにドイツでは、ここ10年くらいで、森林作業員のステイタスと意識を向上させることができました」

現在のドイツの森林作業士は、カッコいいユニフォームを着て、身体と頭をフルに使うプロのスポーツ選手、高度な機械を動かすF1レーサー、という自意識も持てるようになりました。

携帯ショップの女の子が感嘆の眼差し

数年前、ある日本の事業体の若い作業士から聞いたエピソードです。彼は、高性能の森林防護服を仲間と一緒に購入したのですが、それが届いた日、赤地に黄色の蛍光色が入った派手でカッコいい服を試着し、嬉しさのあまり、そのまま街の携帯ショップに出かけたそうです。「ショップの若い女の子は、僕を見て、目を大きく開けてビックリしていました」と嬉しそうに話してくれました。

過信や奢りなく、絶えず慎重に、冷静に

しかし一方で、過信や奢り、自惚れ、過剰な功名心は、森林作業においては禁物です。それらは重大な事故に繋がりかねません。自分だけでなく、仲間の命や健康に害をもたらすこともあります。家族や友人を不幸にすることにもなりかねません。

フライブルク市有林の熟練の森林作業マイスターは、訓練生に「我々森林作業士のポケットには絶えず「死」が入っている。それはちょっとしたことで飛び出してくる」と言っています。慎重さ、冷静さは、1秒たりとも絶やしてはいけない、と。

 安全な伐倒作業を助ける ラチェット式くさび

森林作業の安全② 森林防護服 − 安全性と快適性の両立

昔は騎士の鎧だった

チェーンソーや落下する枝による怪我や事故から身を守るのが森林防護装備の役割ですが、初期の70年代から80年代の装備は、「騎士の鎧」のようなものでした。身体を守ってくれますが、重くてかさばるものでした。

暑苦しく、動きにくい。ヘルメットも服も靴も、現在のものより遥かに重いものでした。例えば、現在のジャケットは400〜600グラムくらいですが、当時は1キロ以上。切断防止繊維が入った防護ズボンは、分厚い12層の切断防止繊維が入ったもので、3キロ以上の重さがありました。現在の防護ズボンは、プロ仕様のものは、切断防止繊維4〜6層で、軽量の生地が使用されていて、重さは1.5キロ以下です。

高性能の生地の開発

森林防護服は、2000年代に入ってから、プロ仕様のものを中心に、高度な特性を持つ様々な生地が開発されて、それらを組み合わせて軽量で快適性と機能性の高い防護服になっていきました。

高い通気性と中の水分(汗)を外に蒸発させる性能、体のよく動かす部分にはストレッチ生地、耐摩性の優れたマテリアルで肘や膝のガード、棘や灌木があたる脛や太腿の部分に強く破れにくい生地などです。

また、デザインもかなり進化しました。以前は、地味な色の冴えないデザインのだぶだぶの防護服でしたが、それが、鮮やかな色彩、洗練されたデザインで、体にフィットするスリムカットの「カッコイイ」服になっていきました。とりわけここ10 数年の進化は著しいものがあります。

軽く、快適になったことで、安全性が向上!

以前は、安全(=切断防止機能)を与えるために、機能性や快適性を諦めなければなりませんでしたが、高性能な生地やその組み合わせ技術の進化によって、同様の安全性能を保ちつつ、機能豊かで快適な作業服をつくることができるようになりました。いや、正しく表現すると、機能性と快適性の向上によって、安全性も飛躍的に向上したと言えます。

防護ズボンの切断防止性能は、森林作業における安全の一つの重要な観点ですが、それが全てではありません。怪我や事故は、作業員が疲れたとき、汗で体が濡れて冷えて動きが鈍ったとき、集中力が低下したときに起きやすくなります。軽量で機能性と快適性の高い防護服を着て作業をするということは、疲れにくい、体が冷えにくい、集中力を保ちやすい、ということです。森林作業の安全性の向上に大きく貢献します。

また、体にしっかりフィットする形状の服は、見た目の「カッコよさ」を創出するとともに、安全上非常に重要な要素でもあります

防護ズボンは「軽い」ほど、快適性が高まり、疲れにくく、安全性が上昇しますが、ここで重要なのは、秤に乗せたときの絶対重量ではなく、「体感重量」です。体にフィットした防護ズボンは、腰から脚先の様々な部分に「重さ」が分散するので、フィットしないズボン(=肌と生地の間に隙間があるゆったり目のズボン)に比べて、着ている人は遥かに軽く感じます。例えば、1.5キロのズボンでも、形状によって、1.3キロのものより軽く感じることもあります。

 

森林作業の安全① 命の尊厳

森林作業は、段違いに危険でハイレベルの労働

森林作業は、他の職業と比べて労災発生率が飛び抜けて高い労働です。日本においても、ドイツにおいても、 労災率は建設業の5倍程度、死亡事故率は約3倍あります。労災保険料金の計算の基準となる「労災保険率」も、建設業11/1000に対して、森林作業は60/1000と、リスク5倍以上に設定されています。

図: 労働災害の発生状況(森林科学78.2016.10.「特集 林業労働者の今」より)

また、絶えず変化する自然と天候を相手にする仕事で、日によって、現場によって、作業環境はいつも異なります。その場その場で、安全面、肉体的負担、林地保全、自然景観保護、経済的効率など、各種パラメーターを複合的に考慮して、作業手法や個々の動作を判断し実行して行かなければなりません。いつも同じ環境のもとで、同じ作業を繰り返す工場労働とは大きく異なります。

さらに、チェーンソー作業やワイヤー系の集材作業をする森林作業士は、1日3000から5000カロリーと、プロのスポーツ選手並みにエネルギーを消費します。

森林作業は、他の職業と比べて「段違いに危険」で、自然に関する基本的な知識、複合的にフレキシブルに考え、素早く判断し実践する力、そして体力と精神力が要求される高度な労働です。

森林防護装備は、命を守る最低限の安全措置!

工場労働においては、人間に危害をあたえる可能性のある機械には、ガードやセンサーなど、しっかりとした安全措置が施されていますが、森林作業士が使用するチェーンソーにはそれがありません。人間の肉も骨も切断できる高速回転するチェーンの刃が「むき出し」の状態。そのように非常に危険な機械を、森林作業員は、体に密接させて使用します。

しかも、作業現場は、工場のように平坦で均質な環境ではありません。傾斜、凹凸、岩や薮やぬかるみなどがあります。天気も毎日変わります。天候や場所によって、視界が悪いときも多々あります。工場労働に比べ、体力と神経をたくさん消耗する仕事で、滑る、転ぶなどして、危険なチェーンソーの刃が体にあたるリスクが絶えずつきまといます。また伐倒の際に、折れて落下する枝は、人間の頭蓋骨を簡単に割るくらいの力をもっています。

そういう段違いに危険な作業環境においては、顔面ガードと耳当てがついた蛍光色のヘルメット、蛍光色の入ったジャケット、チェーンソー切断防止機能をもつズボンと靴、という森林作業士の防護装備は、最低限やらなければならない命を守る措置です。「命の尊厳」の観点から、議論の余地はありません。

人の命と健康は、お金には換えられない!

安全な作業技術の講習とトレーニング、安全な労働条件の整備とともに、森林防護装備は、作業士の安全性を高める大切な柱の一つです。ドイツでは、30年、40年以上前に導入が始まりました。チェーンソーを使う作業に関しては、基本的にこれらの装備の着用が、労災保険によって20年以上前から義務化されています。

通常、雇い主が従業員に防護装備の費用を負担しています。例えば、フライブルク市有林事業体では、ジャケットとズボンは年に2セット、靴とヘルメットは1セット分のお金を作業員に支給しています。

人の命と健康は、本来お金で勘定してはいけないものです。

でもここで敢えて、経済論理を主軸として動いている企業経営の観点から考察してみます。森林防護装備は、上から下まで揃えると、プロ仕様のものだと、700〜800ユーロ(10〜12万円)します。質のいい背広と同じくらいの価格で、安い買い物ではありません。しかし森林作業員が、背広で働いている人に比べると遥かに危険で過酷な作業をしていること、防護装備が、労災費を軽減するということを考慮すれば、些細な投資です。

森林総研の試算(2016年)によれば、防護ズボンの切断防止機能だけとっても、防護ズボンを着用していない場合と比べ、「切れ、こすれ」の労災が6割減少します。労災コストは、防護ズボン着用しないの場合が、1人1年あたり平均20,000円のところが、防護ズボン着用した場合、8,000円に減少します。これにヘルメットや蛍光色のジャケット、防護靴の労災防止効果が加わります。

しかしここで計算の対象にされているのは労災の直接コストです。労災においては、間接コストも生じます。救助や事後調査、関係機関との調整、事後対策にかかる人件費や、人的損失、会社の信用損失による経済的ダメージです。これらの間接コストは、直接コストの数倍から、場合によっては数十倍になることもあります。

少子高齢化の時代、数年、数十年かけて蓄積される森林作業士の経験とノウハウは、企業にとって大きなかけがえのない資本です。そのような熟練の森林作業士に定年まで安全に健康に働いてもらうことは、企業の経営にとって大きなプラスです。

でもこのような経済的な考察以前に重要なことは「人の命の尊厳」です。安全には一切の妥協もゆるさない姿勢が必要です。