森林作業の安全① 命の尊厳

森林作業は、段違いに危険でハイレベルの労働

森林作業は、他の職業と比べて労災発生率が飛び抜けて高い労働です。日本においても、ドイツにおいても、 労災率は建設業の5倍程度、死亡事故率は約3倍あります。労災保険料金の計算の基準となる「労災保険率」も、建設業11/1000に対して、森林作業は60/1000と、リスク5倍以上に設定されています。

図: 労働災害の発生状況(森林科学78.2016.10.「特集 林業労働者の今」より)

また、絶えず変化する自然と天候を相手にする仕事で、日によって、現場によって、作業環境はいつも異なります。その場その場で、安全面、肉体的負担、林地保全、自然景観保護、経済的効率など、各種パラメーターを複合的に考慮して、作業手法や個々の動作を判断し実行して行かなければなりません。いつも同じ環境のもとで、同じ作業を繰り返す工場労働とは大きく異なります。

さらに、チェーンソー作業やワイヤー系の集材作業をする森林作業士は、1日3000から5000カロリーと、プロのスポーツ選手並みにエネルギーを消費します。

森林作業は、他の職業と比べて「段違いに危険」で、自然に関する基本的な知識、複合的にフレキシブルに考え、素早く判断し実践する力、そして体力と精神力が要求される高度な労働です。

森林防護装備は、命を守る最低限の安全措置!

工場労働においては、人間に危害をあたえる可能性のある機械には、ガードやセンサーなど、しっかりとした安全措置が施されていますが、森林作業士が使用するチェーンソーにはそれがありません。人間の肉も骨も切断できる高速回転するチェーンの刃が「むき出し」の状態。そのように非常に危険な機械を、森林作業員は、体に密接させて使用します。

しかも、作業現場は、工場のように平坦で均質な環境ではありません。傾斜、凹凸、岩や薮やぬかるみなどがあります。天気も毎日変わります。天候や場所によって、視界が悪いときも多々あります。工場労働に比べ、体力と神経をたくさん消耗する仕事で、滑る、転ぶなどして、危険なチェーンソーの刃が体にあたるリスクが絶えずつきまといます。また伐倒の際に、折れて落下する枝は、人間の頭蓋骨を簡単に割るくらいの力をもっています。

そういう段違いに危険な作業環境においては、顔面ガードと耳当てがついた蛍光色のヘルメット、蛍光色の入ったジャケット、チェーンソー切断防止機能をもつズボンと靴、という森林作業士の防護装備は、最低限やらなければならない命を守る措置です。「命の尊厳」の観点から、議論の余地はありません。

人の命と健康は、お金には換えられない!

安全な作業技術の講習とトレーニング、安全な労働条件の整備とともに、森林防護装備は、作業士の安全性を高める大切な柱の一つです。ドイツでは、30年、40年以上前に導入が始まりました。チェーンソーを使う作業に関しては、基本的にこれらの装備の着用が、労災保険によって20年以上前から義務化されています。

通常、雇い主が従業員に防護装備の費用を負担しています。例えば、フライブルク市有林事業体では、ジャケットとズボンは年に2セット、靴とヘルメットは1セット分のお金を作業員に支給しています。

人の命と健康は、本来お金で勘定してはいけないものです。

でもここで敢えて、経済論理を主軸として動いている企業経営の観点から考察してみます。森林防護装備は、上から下まで揃えると、プロ仕様のものだと、700〜800ユーロ(10〜12万円)します。質のいい背広と同じくらいの価格で、安い買い物ではありません。しかし森林作業員が、背広で働いている人に比べると遥かに危険で過酷な作業をしていること、防護装備が、労災費を軽減するということを考慮すれば、些細な投資です。

森林総研の試算(2016年)によれば、防護ズボンの切断防止機能だけとっても、防護ズボンを着用していない場合と比べ、「切れ、こすれ」の労災が6割減少します。労災コストは、防護ズボン着用しないの場合が、1人1年あたり平均20,000円のところが、防護ズボン着用した場合、8,000円に減少します。これにヘルメットや蛍光色のジャケット、防護靴の労災防止効果が加わります。

しかしここで計算の対象にされているのは労災の直接コストです。労災においては、間接コストも生じます。救助や事後調査、関係機関との調整、事後対策にかかる人件費や、人的損失、会社の信用損失による経済的ダメージです。これらの間接コストは、直接コストの数倍から、場合によっては数十倍になることもあります。

少子高齢化の時代、数年、数十年かけて蓄積される森林作業士の経験とノウハウは、企業にとって大きなかけがえのない資本です。そのような熟練の森林作業士に定年まで安全に健康に働いてもらうことは、企業の経営にとって大きなプラスです。

でもこのような経済的な考察以前に重要なことは「人の命の尊厳」です。安全には一切の妥協もゆるさない姿勢が必要です。

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